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視聴味覚演芸制作者会議軍団「囲碁お見知りおきを」団員、中原由貴のお話。
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20年ぶりに慈悲を乞う
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     目の前に並ぶ5人のアメリカ人。その5人が全員唖然とした顔で言った。

     

    「きみは何をしにここに来たのかね?」

     

     今から遡ることおよそ20年、大学を卒業したばかりの頃、就職しないで音楽をやると親に打ち明けたら「そんな才能があるとでも思っとるんか」「大学まで出してやったのに何を言い出すんね」と散々怒られまくったのちに1年の猶予をもらった。あんまり才能がないだのカエルの子はカエルだの言われるのでアタマに来て、1年のうちに目途を立てることができなかったら九州に戻るわ!と言ってしまったのである。

     

     そしてただバイトしながら個人練をするうちに1年が過ぎた。まずい。このままでは九州に帰ることになってしまう。まずいまずいまずいと焦る私の目に飛び込んで来た「バークレー音楽大学奨学金オーディションのお知らせ」。これだ!これでアメリカに行ってしまえばよろしい。

     

     中学の時、「バークレーオールスターズ」と銘打って現役のバークレー音楽大学生と卒業生のバンドが小倉にやって来たことがある。それを観に行ってスティービー・ワンダーを知り、ライオネル・リッチーを知り、チック・コリアを知った私は、勝手にバークレー音楽大学がなんか身近な気になってしまっており、オーディションを受けさえすれば受かるような気になっていた。

     

     その奨学金オーディションは、自分で選んだ曲を1曲+その場で渡された譜面を見ながら1曲、計2曲を演奏するというもので、自分で選んだ曲はドラム以外のオケを作って持っていくことになっていた。そこで私が悩みに悩んだ末、「なんかバークレー受けが良さそう!」と勝手に思って選んだ曲が「Mercy, Mercy, Mercy」であった。同級生だった石村順に拝み倒してベースを弾いてもらって録音し、それを持って会場へ向かった。

     

     部屋に入るとまず譜面を渡された。1人でドラムに座り、前を見ると長机にずらっとアメリカ人が5人。映画「フラッシュダンス」や「コーラスライン」なんかのオーディションを思い出してワクワクした。

     

     いつでもどうぞ的なことを言われて、譜面を見た。ええっとダルセーニョはこのSみたいなやつのとこに戻るんだったっけ・・・などと思っているうちにいつの間にかギターやらベースやらの人たちがやって来て、演奏が始まってしまった。始まって2秒ほどで今が譜面のどこなのかわからなくなった。その1曲の譜面の全情報量を100だとすると、私が読めて演奏できたのは2くらいで、あとは「ええい、ままよ!」と好き勝手にやってみた。ちなみに演奏が7割くらい進んだ時点でわかったんだが、その曲はジャンルで言うと、ジャズのようだった。

     

     演奏が終わり、無茶苦茶やったわりには「ブラボー!」と審査員一同が立ち上がったりして、と思いつつ顔を上げると、5人が全員唖然とした顔でしばし沈黙、そしてついに1人が言った。

     

    「きみは何をしにここに来たのかね? まさか譜面が読めなかったのか?」

     

     現実は映画のようにはいかない、ということを知った22の春であった。

     

     映画だとここでシーンが切り替わるところだが、現実は残酷にも続いてゆく。どんなに震え上がっても帰る訳にもいかないので、審査員の背筋が凍る質問に「イエ〜ス」と答えたのち、録音してきた「Mercy, Mercy, Mercy」を石村順のベースに合わせて演奏し始めた。するとたちまち審査員のみなさんが座ったまま踊り出すではないか。「イエー!」とか「ヤー!」とか言ってくれたりして、さっきとは打って変わって楽しい雰囲気になった。すっかり気を良くした私は大満足で演奏を終え、ついにここで起こるであろう奇跡を期待して審査員を見た。すると踊っていた男性が言った。

     

    「このベーシストは誰だ? すばらしいじゃないか!」

     

     そんなわけで私はオーディションに落ちた。マジでやばいもう本当にマズい、というギリギリのタイミングで「サイクルズ」というバンドに誘われ、九死に一生を得てそのまま東京でドラムを叩き続けて今に至る。

     

     先日のオルガンジャズ倶楽部での青山陽一 the BM's オルガントリオのライブの1曲目で何十年かぶりに「Mercy, Mercy, Mercy」を演奏しながら、私はこの苦い思い出を苦々しく思い出しつつ、今ならもうちょっと上手にできるのになあなどと思いつつ、20年後にこんなことを思えている幸せをかみしめていたのであった。

     

     言うまでもないが、このときバークレー審査員軍団が絶賛したベーシスト石村順はその後果てしなくどこまでも羽ばたいて、今やベースの本まで出すほどのどえらいプレイヤーになってしまった。彼らの目に狂いはなかったのである。

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