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視聴味覚演芸制作者会議軍団「囲碁お見知りおきを」団員、中原由貴のお話。
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変なスーパースターのおじさん(前編)
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     私は仕事柄,というかバイト柄,いや人生の方向柄,いろんな世代の人々と出会ったり話をしたりする機会に恵まれているほうじゃないかなと思う。おかげさまでこの年齢で○○は恥ずかしい,というような一般論からはだいぶフリーに生きているような気もする一方,たまに歳を聞かれて自分で答えてびっくりする,またはだんだんはっきりわからなくなってきて,これではいかんなあと思うこともある。
     年代の違いによって,影響を受けた文化はさまざまである。流行っていた音楽や言葉,食べもの,テレビのスター,もうそれはそれは細部に渡ってきっとその時その時代にあったものに我々は影響を受けていると思う。時代だけでなく,地方によってもそれはまたさまざまで,ある地方だけで異常な人気を誇るスターが,他の地方に行くと誰も知らない,なんてこともよくある。東京で流行っているからと言って,実は地方に届いていない文化や,だいぶ遅れて届く文化などもたくさんある。しかし,この地域性や時代性を超えて,幅広い世代に影響を与え続ける人物がいる。

     志村けん,である。

     私の世代は特に直撃世代なのかもしれないが,どんなに歳の離れた知人友人に話しても,「は?志村けんって誰?」となったことはこれまで一度たりともない。そしてだいぶ前であるが,志村けんと上島竜兵が二人で田舎に泊めてもらうテレビ番組では,どんな田舎のおばあちゃんでも「きゃーー!!!志村けん!!!」となり,誰もが自分の家に泊まって欲しがっていた。そりゃそうだ。私だって泊まって欲しい。
     話は変わって私は小学校3年のとき,いかりや長介と結婚したい,と言って母親に「あの人何回結婚して離婚したと思っとるんね!やめなさい!」と状況を鑑みていないと思われる深刻な𠮟りを受けたことがある。館ひろしに出会う前,私は長さんと水戸黄門の飛猿(野村将希)と逆鉾とジャイアンツの山倉のうちで,誰と結婚するかを日々悩んでいた。それはさておき,とにかく「8時だヨ!全員集合」,「ドリフの大爆笑」は小学生の私にとって,時代劇や相撲・野球中継をしのぐ,最高のエンターテインメントだった。あの頃の小学生は,ギャグや上下関係のみならず,心遣いや優しさ,その表し方なんかも,全部ドリフに教わったにちがいない。
    現在に至るまでお笑いを愛し続けている訳でもなく,特に最近のお笑い事情には真っ暗な私にドリフを語る資格も勇気もないが,巨大だがまだ幼い少女中原由貴にとって,ドリフの面々はスーパースターだったのである。
     長さんが晩年,俳優になって我々を楽しませてくれていた頃,自伝「だめだこりゃ」を読んでまたドリフ熱が再燃し,志村けんのブログなんかも読み始め,長さんが死んでしまってからはひたすら志村けんが長生きしてくれることを願いながら,youtubeで昔のコントを観たりする日々であった。
     そんな中,ある日志村けんのブログで,何やら舞台をやっていることを知った。その名も「志村魂」。お馴染みのダチョウ倶楽部や桑野信義を始め,かわいい女の子たちを侍らせていやらしいことをしたりするバカ殿を始めとした珠玉のコントを生でやるという。しかも,藤山寛美の松竹新喜劇のお話をリメイクした舞台もやるらしい。これに行かずには死ねない,と真剣に調べると今年は終わったばかりだった!来年こそは…と思ったまま1年が過ぎ,はっっ!と思い出したらまた終わっている,または運良く上演前に思い出せたと思ったら,全然お金がない!というのをくり返すうちに数年が過ぎた。
     そして2015年。ジェームス・ブラウンの映画上映に絡んで,どうも志村けんのことをずっと考えていることが多く,その流れで「はっっっ!!!今年の志村魂!!!」と思い出して調べてみると,チケットを売り出したところであった。大慌てで良い席が残っている日を探し,1階のど真ん中,前から4列目のチケットが取れた。ほんの数メートルのところであのコントがくり広げられるのかと思うと,観る前に心臓がとまりそうであった。
     チケットが手元に来てから一ヶ月経たぬうちに,明治座での東京公演初日の夜がやってきた。今回は数年前のTIN MENのときの反省をふまえ,うれしがってチケットを机に飾ったりするのはやめた。明治座の最寄り駅「浜町」を「浜松町」と思い込み,あやうく浜松町に向かうところであったが,すんでのところで気付いた。それにしても「浜町」なんて駅があることは,東京へ出て来て25年になるが,知らなかった。「浜・・・」というともう「浜松町」だと思い込んでしまうのが,人間の恐ろしいところである。危険は本当にあちこちに潜んでいる。
     浜町の駅を降りると雨が降っていたが,明治座は目の前だった。しかしここまで思い出しながら書いているだけで心臓がひっくり返るのを抑えながらほうほうのていであるため,体力が持たなくなってきた。読んでくれているみなさんも,きっとそろそろ長すぎて飽きてきたにちがいない。そんなわけで,今日はここまでで筆を置くとする。次回は幕が開くところから始まるにちがいない。
    | - | 08:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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