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視聴味覚演芸制作者会議軍団「囲碁お見知りおきを」団員、中原由貴のお話。
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弾丸一人旅、年末年始編3 〜嘘をついているのは誰か〜
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     翌朝、2枚かかっていた肉厚の布団を左右に蹴り飛ばし、浴衣の前をはだけ散らしたあられもない格好でふと目を覚ますと、昨夜のおばあさんが部屋の中にいた。
    「うわああああ!!!す、すいません!!」
     私は飛び起きて布団の上に正座し、とっさに謝った。
    「ははははは」
     おばあさんは、笑いながら部屋を出て行った。私は元来、朝起きてしばらくまっすぐ歩けないほどの低血圧である。朝方、まだ寝ているときにかかってきた電話など、ほぼ意識のないままただ体裁をとりつくろってしゃべっているので、家族や仲の良い友人に敬語でしゃべるなど、これまで幾度となく奇行を繰り返している。ましてやこんな初めての部屋、初めての布団、初めてのおばあさんに取り囲まれて目を覚ますとなると、自分を取り戻すのにずいぶん時間がかかってしまった。やっとのことで我に返って時計を見るとお昼の12時過ぎ。昨夜は朝まで生テレビを見ながら電気もつけっ放しで寝てしまったようで、ずいぶん部屋が騒がしい。
     今日は夢にまで見た丸一日休みの日である。いろいろあったが気を取り直してまずは念願のお風呂へ向かった。昨夜チェックしたあの真っ赤な「おんな」の扉を開けると、スリッパはない。もうお昼過ぎなので宿泊客たちはすでにお風呂を済ましているのだな。広い大浴場を独り占め!わーい!と全裸でガラッと浴場の扉を元気よく開けた。
    「あっ」
     すると流れるような黒髪をたたえた女性が、身体を洗いながらこちらを見た。まさか人がいるとは思ってなかった私は激しいリアクションをしてしまい、急に恥ずかしくなって不自然な鼻歌を歌いながらウロウロした。こんな若い女性も泊まっていたのか。綺麗な女性であった。彼女の近くで身体を洗い始めるのはなんだか恥ずかしかった。先に湯船に入ってしまおうか。しかし昨日の朝から風呂に入ってない私がいきなり先に湯船に入っては湯に申し訳ない。かといってもうだいぶウロウロしてしまったので今更並んで座っては変態のようである。ええい、湯船に入ってしまえ、と片足を突っ込んだ。
     熱い。これは無理だ、と足を出した。彼女はどうしているかな、とふと振り返ると頭を洗っている。頭を洗っているのをいいことに、こっそり水でうめてしまおうか。このままでは入れない。彼女の動向をチラチラ確認しながら蛇口からジャーと水を出した。そのすぐそばにザバーンと入った。熱い!熱い!!!しかし我慢していればそのうちマシになるはず…と思っていたが全然我慢できずただちに飛び出した。ふと振り返ると彼女はいなくなっていた。よし、誰もいなくなったぞ、と蛇口を全開にしてもう一度トライした。いやしかし熱い。全然ぬるくならない。なぜだーーー!!と蛇口から出ている水に手をかざしてみると、お湯だった。熱い、お湯であった。
     宿は素泊まりなので、なんとかしてご飯が食べられる場所を見つけなければならない。前田吟はああ言ったが、私は執念で探し出すつもりであった。万全の防寒をして部屋を出てロビーへ行くと、昨夜とはうってかわって玄関にずらーーーーーーとスリッパが並んでいた。靴は私のコンバースがちんまり置いてあるだけだった。
    「お出かけですか」
     昨夜部屋へ案内してくれた奥さんが出て来た。彼女に鍵を渡し、念のため…と尋ねてみた。
    「あのーこの辺りで、ご飯が食べられるところはないですかねえ」
    「ああ…駅の方まで行けば…あ、でも今日元旦だから…」
    「そうですよねえ。わかりましたー!行ってきます!!」
    「あ、お散歩ですか、いってらっしゃい。ごめんなさいね」
    「い、いえいえとんでもない!」
     やはり、食事処はないようだ。前田吟と違ってこの親切な奥さんが言うのだから、本当にないのかもしれない。しかし私は諦めない。彼女の笑顔に見送られて私は颯爽と出かけた。ものすごくいい天気であった。まずはせっかくだから利根川沿いに歩いてみよう、と歩き出すとすぐに「We are OPEN」の札が出ているお洒落なカフェを見つけた。なんだ!あるじゃないか!吟も奥さんもこういう若者が行きそうなところは知らないんだな。あっはっは。食事ができるかどうかはわからないが、コーヒーでも飲みながらこの辺の事情について聞いてみよう。ああよかった。快調なすべり出しだ。
     カフェのドアは押しても引いても開かなかった。OPENの札を出したまま、店は閉まっていた。しかし、こんなことでは私は諦めない。途中小さな神社を見つけ、今日ご飯にありつけますように、とお願いをして、利根川へ出た。強風が吹きすさんでいたが、あまりの気持ちの良さに埠頭を走り回った。ずらりと並んだ船が息をひそめて停泊する様は圧巻だ。これが一斉に海へ出て魚をとってくるのだな、と思うと胸がいっぱいになった。胸はいっぱいになったがお腹はいっぱいにはならないので、川沿いを歩いて飯屋を探した。
     ほどなく昨夜前田吟が言っていた「公園」へ出た。本当に人っ子一人いない。というか宿を出てここまで誰一人いなかった。せっかく公園へ来たし、人もいないしということで鞄に潜ませて持って来た楽器を取り出し、練習を始めた。ウォッシュボードである。下手くそ過ぎて人前で練習するのも恥ずかしいので、ちょうどよい。やっているうちに下手くそなりに楽しくなってきて、空を旋回するカモメたちに向かってライブをやっているような気になり、歌を歌い出した。楽しい。私の頭の中ではギターやベースが鳴っており、目を閉じると隣りに囲碁双六のメンバーが座って一緒に歌い、演奏していた。
     興が乗って結講な音量で歌いながら目を開けると、おじさんが向こうからこっちを凝視していた。目が合った瞬間におじさんは見なかったことにして走り去った。おじさんから見たら、洗濯板を激しく鳴らしながら大声で歌う人は、さぞかし不審だっただろう。悪いことをした。我に返るとまたお腹が減って来たので、楽器をしまって飯屋を探す旅を再開した。
     「食事処」と書かれた店が、埠頭の端に一軒だけポツンと立っていた。暖簾が出ているが、またさっきの店同様、フェイクかもしれない。1月1日である。閉まっていても不思議はない。もう開いてなくたって傷付かないし驚きもしないぞ、と扉に手をかけるとガラガラと開いた。中にはどうやら地元の人らしいお客さんが一人。座布団に座る4人席が2つに、テーブルの4人席が1つ、というこじんまりとした店で、店主は「渡る世間は鬼ばかり」の「幸楽」の店員のようないでたちで、せっせとカウンターの中で仕事をしている。これだ。まさにこういう店に来たかった。はははは前田吟よ、私は見つけたぞ、食事処を!!
     オススメの刺身定食を噛み締めながら、ときにお客さんと店主の会話に耳を傾け、幸せなひとときを過ごした。私は三角食べの名人である。見事に最後の刺身と紫蘇一枚、ごはんひと口、みそ汁ひと口分を残し、あと一巡してフィニッシュ、というところで店主が突然こちらを見て言った。
    「ごはん、おかわりできるよ」
     がーん。そうだったんですか。そうだったならばもっと刺身一枚あたりのご飯の量を増やせたのに。しかし時既に遅し、「もう大丈夫です。ありがとうございます」と言って寂しくフィニッシュを迎えた。飯屋を見つけた嬉しさにかまけて最初に確認しなかった私の痛恨のミスであった。しかし刺身定食はおいしかった。大満足で私は靴をはきながら、店主に話しかけた。
    「あのーこの辺で、コーヒーを飲めるところなんかは、ありませんかねえ」
    「喫茶店?あるよ」
    「ありますか!!」
    「うん。駅の方にまっすぐ行った左側と、郵便局の向こう側と…あ!でもあれだ、喫茶店ってのより、お嬢さんなんかに良さそうなハイカラなのがあるよ!」
    「え!なんですか!」
    「あれあれ。あそこ行くといいよ」
    「どこですか!!!」
    「あの…なんだったっけかな。…ガスト!!ガストあるよ!!」
    「いや…その…」
    「ガスト、ここから歩いて2、30分くらいだよ」
    「ガスト…もいいんですけどもね、なんというかこう…この町にしかない喫茶店みたいなところに行ってみたいんですけども」
    「ふーん。あるよ」
    「駅前と郵便局のよこですね!」
    「うん。あと郵便局と反対側の方へ行ったところにもあるよ。10分くらいだよ」
    「ありがとうございましたー!!!」

     全部閉まっていた。おじさんが教えてくれた喫茶店、全部行ってみたが全部閉まっていた。全部遠くから見ると「OPEN」の看板が出ているのに、近づくとシャッターが閉まっていたり、もう閉店してしまって何年も経つんじゃないか、という店もあった。なんだかあの食事処で起こったことは夢の中の出来事のようじゃないか。もしかしてお昼を食べたと思っているだけで狐にでもばかされていたのか、と首をかしげつつ、でもまあいいか、お腹はいっぱいだし、とひとまず宿へ戻った。
     宿は相変わらずギッシリとスリッパが並んでおり、靴は一足もない。まだ誰も帰って来てないのかな。
    「あらーお帰りなさい」
     またあの素敵な笑顔が出迎えてくれ、わたしは上機嫌になった。
    「まだ誰も帰って来られてないんですね」
    「あ、お客さんだけなんですよ」
    「え」
     映画「シャイニング」で、大雪のため冬の間営業を休止するホテルの管理を任されたジャック・ニコルソンが、ほかに誰もいないはずのホテルのラウンジで、いっぱいの宿泊客とパーティをするシーンと、昨夜の喧噪が重なった。恐怖と不安に飲み込まれながら部屋までなんとかたどり着いたが、部屋の中は安心できるということもなく、そわそわしながら部屋を歩き回った。この気分を払拭すべく、東京の友人や地元の親なんかにメールでも送ろう、と携帯を取り出した。電波が一切通じなくなっていた。昨夜はあんなに快調につながっていた電波が、たたいても揺らしても窓の外に手を出しても、もう何をやってもつながらない。ひゃああああ。
     あまりの恐怖にウォッシュボードを取り出して歌を歌った。私の部屋はいちばん奥である。ほかに誰も宿泊客がいないなら、迷惑にはならないだろう。木の実ナナの「ホイ・ホイ・ルック」を歌っていたら、なんだか勇気が湧いて来た。こんな妄想じみたことでビビってはいけない。彼女の笑った顔を思い浮かべたら、恐いものなどない気がしてきた。わっはっは!!!
     しかしその夜は布団に入って電気を消すと死ぬほど恐くて眠れなかったので、不本意ながらテレビをわざわざつけて寝た。しかしほとんどのチャンネルが放送終了しており、唯一やっていたのがドラマ「トリック」で、音を小さくつけていると「怨念」とか「呪い」とかいうのが時々耳に入って余計に恐かった。
     翌朝、6時半に目を覚ますと、昨夜の恐怖とはうって変わって、今日で帰らなければならないのが寂しくなった。10時半には吉祥寺に戻って日常が始まってしまう。センチメンタルな気持ちを抱えつつ大浴場へ向かった。今度こそ本当に誰もいなかったが、湯船に蓋がしてあって入れなかった。泣く泣くシャワーだけで済ませ、大急ぎで準備して、玄関先で素敵な奥さんにお礼を言うと「またいらしてくださいね」と素敵な笑顔。来ますとも。この笑顔を見に必ずや。あの私の部屋へ入ってきたおばあさんとはあれ以降会わなかったが、暗闇で見たときは「高原へいらっしゃい」の「おばやん」にそっくりであった。もう一度会いたい。いやしかし思い返せばいい宿だった。今度はここでご飯を食べよう。素泊まりじゃなく、ご飯付きで泊まれるくらいのお金を頑張って東京で稼ぐのだ、ありがとう!アイルビーバック!!と宿へ敬礼し、スーツケースをガラガラと引きずって駅へ向かった。駅へは徒歩15分くらいか。電車には十分間に合う時間であった。
     信号待ちをしていると、向こうから腰の曲がったおばあさんがものすごい勢いでこちらへ向かって青信号を渡って来た。
    「あんたあんたあんた」
    「は、はい?わたし?」
    「あんた、どこ行くんね」
    「いや、帰るんです」
    「どこへ」
    「年末に東京から来て、そこの旅館に泊まってたんですよ」
    「そんでもう帰るんか!」
    「そうなんですよ。今日からもう仕事なんです」
    「今日から!行かんでいいよ、仕事」
    「ははは!そうですねえ」
    「あそこの旅館、よかっただろ?」
    「いやもう奥さんが素敵な人で…部屋もよかったし。また来ます」
    「わはははははは!!!」
    「な、なんですか」
    「あそこ私の家族」
    「え」
    「あの旅館」
    「そ、そうなんですか」
    「おばあちゃん、おったやろ?」
    「いた!いました」
    「あれ家族」
    「そうなんですか!あ、じゃあもう行かないと電車が」
    「どこ行くんね」
    「東京に帰るんですってば!仕事なんですよ!」
    「仕事、行かんでいいって」
     堂々巡りである。気づけば電車の発車まであと15分ほどしかない。「じゃあ、また来ます!」と言って点滅している信号を渡った。おばあさんに手を振ろうと振り返ると、おばあさんはついて来ていた。
    「あれ」
    「どうだった、あの旅館」
    「いやだからよかったですって!」
    「あははははははは!!!」
     こわい。こわいし、時間もなくなってきている。これはいかん、とおばあさんを振り切って走った。するとおばあさんは、信じられない勢いで走ってついて来た。ついて来ながら「旅館、どうだった?」としつこく聞き、よかったというと、こっちを指差して高笑いする。それをくり返しながら2人でしばし並走し、お、駅が見えて来たぞ、ほんとにこれでもうお別れですよ、とふと見ると、おばあさんはいなくなっていた。

     不思議なことがたくさんあった旅であった。帰りの総武本線は、やはり行きと同様、極寒の風が車内を吹きすさんでいた。この旅で出会ったほんの数人の人たちの顔を思い浮かべるうちに、ひと駅、またひと駅と列車は東京へ近づいていった。この旅で私が思ったことは、体験にまさる宝物はない、ということである。そんなわけで、毎年達成されずに繰り越され続けている「色気と迫力を身につける」という抱負は、ただ掲げていても埒があかないことがわかって来たので、今年は新たなる体験をたくさん積んで、知らないうちに色気と迫力を手に入れようと思う。いろんな体験をしまくるぞ、という決意に満ちた私を、どうぞ皆様今年もよろしくお願いいたします。
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