CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>
NEW ENTRIES
RECENT COMMENTS
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
 
視聴味覚演芸制作者会議軍団「囲碁お見知りおきを」団員、中原由貴のお話。
<< 弾丸一人旅、年末年始編1 〜旅立ちの日〜 | main | 弾丸一人旅、年末年始編3 〜嘘をついているのは誰か〜 >>
弾丸一人旅、年末年始編2 〜見知らぬ宿、見知らぬ人〜
0
    「ここです」
     前田吟が抑揚のない声で言い、車を停めた。まるで森の中のように真っ暗である。
    「こ、これは・・・」
    「どうもありがとうございました。お気をつけて」
    「お気をつけて?」
    「710円です」
    「じゃ、じゃあ1000円で」
     300円をすでに握り締めていたらしい彼は私を二度見した。
    「あっ!じゃあ300円でもいいですよ」
    「えっ」
     このとき私は、こっちが多少損をするけども10円くらいとっときな、というつもりであった。間違えた。それでは損をするのは前田のほうであった。
    「あ、すいません、間違えました」
    「お釣りは290円です」
    「はい。ありがとうございました。あの・・・」
    「なんでしょう」
    「明日、どこも食事処が空いてないとなると、ここら辺のみなさんはどうされるんですかねえ」
    「うちで食べるんでしょう。正月ですから」
     彼は最後まで前田吟をまっとうした。私はもはや嬉しかった。彼の運転するタクシーは直ちに闇の中へ消え、いや光の中へ帰っていった。

     しかしあまりにも真っ暗である。もし歩いてここを目指していたら、朝まで絶対に探し出せなかったに違いない。私の咄嗟の判断は正しかった。おかげで前田吟にも会えた。手探りで塀を確認しながら慎重に歩かなければただちに転びそうな闇の中、門をくぐり、ほんのりと明かりが灯る玄関へたどり着いた。ウィーンと自動ドアが開いた。
    「わーっはっはっは!」
     突如中から大勢の人々の話し声、笑い声が聞こえた。広い土間にはところ狭しと靴がひしめき、おそらく私のために用意されたスリッパが一揃いだけ置いてある。なんだ繁盛している宿じゃないか、前田吟も人が悪い、とほっとして靴を脱いでいると、
    「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
     中からエプロン姿の宿の奥さんが出てきた。なんと裏の無さそうな笑顔。しばらくぶりに生きている人間に出会ったときの「サバイバル」のサトルのように感動の涙を流してしまうところであったが、寸前で持ちこたえた。
    「すみません、遅くなりまして」
    「いえいえ、しかし今日はあったかくてよかったですねえ」
     なんですと。この一度眠ってしまったら二度と目が覚めないかのような極寒を・・・。
    「あ、あったかいんですか!!!今日は!!!」
    「え?」
     と言ってまたニコリと笑う。その、人をほっとさせる優しい笑顔に、寒いも暑いもどうでもよくなった私は「あっはっはっは」と笑った。「お部屋は一番奥をご用意いたしました」と案内してもらいながら通った廊下は大変薄暗く、一歩進むごとに床が音を立ててきしんだ。途中「こちらが大浴場です。まだ間に合いますのでどうぞ」と示してくれた先を見ると、だだっ広い中に古いスロットマシンと卓球台があるだけで、どう見てもお風呂の入り口には見えなかったが、怖かったので「は、はいありがとうございます」と言ってさっさと通り過ぎた。

     萩、という名の私の部屋は、ふすまを開けて入ると感無量の暖かさであり、テレビもあって、もう布団も敷いてあった。ちゃぶ台の上にはお湯の入ったポットにお茶セット、まさに夢に描いた光景であった。実は、山口県の萩にあるカレー屋が閉店してしまうことを知り、写真やホームページを見ていたらなんだか呼ばれているような気がして、これまた一日しかない休みを無理に利用して弾丸一人旅に出てカレーを食べて来ようと目論んだのだが、交通の便と使える時間と予算を考えるとどう頭をひねっても無理だという結論に達し、断腸の思いで諦めたのが数ヶ月前。そんな私に、この部屋の名前はうれしいサプライズであった。まるでそれを知っている誰かがここへ連れて来てくれたかのようであった。
     しかしこれで今回の旅の目的は達せそうだ。よかったありがたいことに夢の年越しができる。道中に買い込んだどん兵衛天麩羅そばとおにぎりを取り出し、お茶をいれてテレビをつけた。福山雅治が歌っている。さぶちゃんはまだのようだな。あああたたかいありがたい。今夜布団で寝られる喜びをかみしめながらどん兵衛にお湯を注いだ。久しぶりのテレビに興奮し、チャンネルをかえまくっているうちにあっという間に3分が経った。湯気が出てないなと思いながら極度の空腹のため一気にかっこんだ。麺が固い。そしてつゆがぬるい。到着が遅れたためにポットのお湯がだいぶ冷めてしまっていたようである。口から大量の麺が出たままどうしようか迷ったが、空腹のため食べ続けることにした。よく噛めばどうってことはない。たまにのどにつまるのでぬるいつゆを飲みながら食べた。どんどん食べた。一瞬にして年越しそばは終了してしまい、そろそろさぶちゃんかな、とチャンネルを戻したそのとき!!!
     時計を見ると23時を過ぎていた。
     千葉駅でセガールばりのアクションを演じたのは何のためであったか。
     極寒の列車内で私の意識を最後まで保ち続けた希望は何であったか。
     部屋の隅にきれいにたたんであった浴衣をひっつかみ、スリッパを履いて私は部屋を飛び出した。数十分のことだからもしかしたら・・・と消えそうな希望を胸に、真っ赤な絨毯がぼんやりと浮かぶ薄暗い廊下をバタバタと走った。
     さきほどの素敵な奥さんが案内してくれた大浴場は、もう電気も消えて真っ暗だった。暗くて広い室内に、やはり卓球台とスロットマシンがぼんやりと浮かび上がっていた。ここが本当に大浴場なのだろうか。もしかして本当の大浴場は別にあって、まだ宿泊客でにぎわっているんじゃないのか。まずはここが本当に大浴場かどうかを確かめなければならない。勇気を振り絞って、その卓球台のある部屋へ一歩、また一歩と恐る恐る入っていった。卓球台の奥に「おんな」と書かれた真っ赤な扉があった。これが大浴場の入り口・・・?
    「ちょっと」
    「ひぃいいいいい!!!!!」
     声をかけられて振り返ると、私のすぐ後ろにおばあさんが立っていた。
    「なななななんですか!!!」
    「なんですかって、あんた何してんだここで」
    「いやここは大浴場なのかなと思って」
    「大浴場だけども、もう終わってるよ。あとは明日だよ」
    「あ、そうですか」
    「朝6時半から入れっから」
    「あ、はい。ああびっくりした」
    「びっくりしたのはこっちだよ〜あははは」
     廊下へ戻って明るいところで見ると、かわいらしいおばあさんであったが、暗闇で振り返ったときは・・・いやこれは私の思い込みが生み出した妄想だ。それにしてもビビリすぎて疲れる。今日はもうさぶちゃんを見てあったかくして寝よう。
     部屋へ帰るとちょうどさぶちゃんが始まるところであった。堂々と「まつり」を歌いきったさぶちゃんは、なんとこれで紅白を卒業するという。そのさぶちゃんの立派な挨拶を聞きながら、すぐそばで我が事のように胸をつまらせている様子の五木ひろしを見ていると、歌謡界の歴史の重みが突然胸に迫ってきておいおい泣いた。ほどなく「ゆく年くる年」が始まり、今年もついに終わりを迎えようとしていた。しかしさっきからどうも部屋が寒い。気づけば何もしていないのにエアコンがとまっている。なぜとまったかはもう考えないようにして、お茶とコーヒーをがぶがぶ飲んだ。するとポットのぬるいお湯はすぐに底をついてしまった。ポットを持ってフロントへ行くと、奥からさっきのおばあさんが出てきた。
    「あれ、今度はなんだ」
    「いやさきほどはすいませんでした。あの・・・お湯はもうこんな時間ではいただけませんですかねえ」
    「お湯?だめだよ〜!!もう遅いから明日だよ!!」
    「そう・・・ですよねえ。もう12時過ぎてますもんねえ」
    「ごめんねえ。だから明日はもう6時半には入れっから」
    「え」
    「そんな早く入らねえか」
    「いやあのこの・・・ポットのお湯をいただきたかったんですけども・・・」
    「あ、そっちのお湯!?あ、そっち??あげるよ〜!!いくらでもあげるよ!!」
    「あ、ほんとですか!よかった!」
    「あんた、お湯っていうからさ!!んじゃあ熱いのいれてもってくから!!」
     途中トイレに寄ったり館内を探検したりしてから部屋に戻ると、入り口の前に家族用の巨大なポットが置いてあった。これでいくらでもコーヒーが飲める。ありがたい。親切ないい人ばかりだ、この宿は。ああよかった。この宿にしてよかった。しかし私は廊下で年を越してしまったな、ははは。
     部屋へ入ってお茶をいれながら、ふと私は、自分の名前も部屋の名前もおばあさんに伝えていないことに気がついた。

    (「弾丸一人旅、年末年始編3 〜嘘をついているのは誰か〜」に続く)
    | - | 02:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









    http://mooran170.tamacowolds.net/trackback/123