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視聴味覚演芸制作者会議軍団「囲碁お見知りおきを」団員、中原由貴のお話。
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弾丸一人旅、年末年始編1 〜旅立ちの日〜
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     休みが1/1しかない。ボケボケしていてはただ寝て1日が終わってしまう。そうだ、旅に出よう。12/31の夜に旅立って1/2の朝に帰れば、二泊三日気分で二泊一日の旅ができるじゃないか。どこかの宿で年を越すとなると、どうしても和室がいい。和室で蕎麦を食べながら紅白を観たい。それだけを条件に私は旅立つ先を精査すべく、首都圏の宿を調べ上げた。しかし答えはすぐに出てしまった。年末年始に空いている宿で和室があって、しかも1/2の朝に出て仕事に間に合う距離、となると選択肢はここしかなかったのである。
     そんなわけで私は12/31夜、仕事が終わって19時頃、目的地へと旅立った。ホームでは誰も旗を降って見送ってはくれなかったが、意気揚々と列車に乗り込んだ。列車と言っても普段からよく利用する線であるが、大晦日の上り線はもうだいぶ空いており、乗り込んで席に座った途端、日常から切り離された。私は旅に出るのだ。
     スーツケースから本を取り出し、ゆっくりとページを開いた。読みかけの本が死ぬほどあるのだ。それを全部持ってきたらスーツケースにいっぱいになった。おかげで着替えを一枚も持って来れなかった。いちおう名誉のために言っておくが、肌着は何枚か持っている。

     ガタン!!と揺れてハッと我にかえると、千葉駅に着いていた。まだ1ページも読んでいない本は床に落ちていた。あっという間!!千葉近い!!と時計を見たら、1時間半近く経っている。光陰矢のごとし。
     さてここで乗り換えである。乗り換えの時間は10分。しかしモーレツにトイレに行きたい。このあとさらに1時間半以上トイレに行けないのだ。そうか、長距離列車ではなく普通の通勤列車で遠くまで行こうとすると、どこでトイレに行くかを決めておくのも重要なポイントであるのだな。今後の教訓にしよう。しかしトイレは全然見当たらない。私はスーツケースを持って走り回った。本がつまったスーツケースは重かった。私はこんなにも本を読みかけにした自分を恨んだ。この列車を逃したら、宿に着くのが23時を過ぎてしまい、お風呂に入れない。焦った私は同じ通路を何度も行ったり来たりした。すると突然前方に「女子トイレはこの裏」という張り紙が見つかった。助かった!狂喜して裏側に回ったが、ない。これまで幾度となく経験したギリギリの状況が頭の中を駆け巡った。毎回もはやこれまでと思いつつも、なんとか切り抜けてきたじゃないか、と過去のいろんな自分が励ましてくれたが、今回はさすがにあと2分、もうダメだーー!!!と思ったそのとき、気づくと私は女子トイレの真ん前にいた。まるで神隠しであった。何が起こったのか考えている暇はないので大急ぎで用を済ませ、7番線へと走った。階段をかけ登っているときに発車のベルが聞こえ、これと酷似した状況も人生で何度目だろうかと考えながら飛び乗り、背中で扉が閉まる。ぜえぜえと息を荒げながら生唾を飲み込み、血の味をかみ締めていたとき私の顔は、スティーブン・セガールのようだったに違いない。
     総武本線には、普通の通勤電車のように両側の壁に沿って座席が並んでいる車両と、長距離列車のようにボックス席がある車両がある。無論、旅気分を盛り上げるためにボックス席のある車両へ移動した。残念ながらボックス席は満席でドア近くの2人席しか空いておらず、さらに私が選んだ席のとなりの気の良さそうな女性は、私が座った途端にイライラしだしてちっとも気の良い人ではなかったが、列車に乗り込むことに成功した私は喜びにあふれ、彼女に笑顔をふりそそぐ心の余裕すらあった。しかも目的地は終点の駅である。もう無事着いたも同然、スーツケースがゴロゴロと転がって行ってしまわないように押さえながら器用に本を読み始めた。父からもらったサスペンスものの小説だったために、切った張ったの末恐ろしい夢を見ながらふと目を覚ますと、ここは空の上かと思うほどの冷たい風が車内を吹きすさんでいる。寒い。隣の気の良くない女性はいつの間にか空いたボックス席に移動していた。しかしこの寒さは異常だ。「ドラゴンヘッド」や「サバイバル」のように、降りたら天変地異が起きていて大変なことにでもなっていたらどうしよう。そういえば斜め向かいに座っているおじさんの目はどことなく悲しみをたたえている。風体も時代錯誤だ。
     目的の駅に降り立つと幸い2013年の現代で特に天変地異は起きていないようだったが、体験したことのない寒さであった。駅でこの寒さだったら、日本一大きな川を目の前にのぞむ旅館はとれほど寒いことだろうか。駅からは徒歩15分と書いてあり、土地に慣れるためにも歩いてみようかな、などと暖かい我が家で考えていた私は、あまりの寒さと暗さにすっかり心が折れ、即座にタクシーに乗り込んで旅館の名前を告げた。
    「え。お客さん、あの旅館に泊まるの」
     はい、と答えると、運転手さんはそれ以来押し黙ってしまった。気のせいか車内には重苦しい空気が流れた。話は少しそれるが、タクシーの中というのは常に戦いである。あまりタクシーに乗る機会は普段ないほうだが、たまに乗ると本当にいろんな運転手さんがいる。私が生まれ育った小倉では、女性が一人でタクシーに乗るというのは自殺行為である、とされていた。そのせいか、今でもタクシーに乗った途端、自分の生き死には目下この運転手さんが握っている、という緊張に包まれる。乗ったのが自分の地元であればまだしも、知らない土地となると、主導権は完全に向こうが握っており、遠回りくらいならまだ良い方で、運転手さんちに連れて帰られたって埠頭から船でどこかへ売り飛ばされたって逃げられない。そんな相手と二人っきりで数分、数十分のうちに人間関係を作るとなると、こちらが発するひと言ひと言はとても重要である。しかも相手は土地のエキスパート、聞きたい話もあれば、話したい話だってある。そんなこともあって私は緊張を悟られないように注意しながら、この重苦しい沈黙を打破すべく、慎重に口を開いた。
    「あのー、この辺に明日ご飯を食べられるようなお店で、どっかいいとこないですかねえ」
    「ないですね」
    「な、ないですか」
    「ないです」
    「それはやはり元旦だからですか」
    「そうです」
    「あ、あの向こうに見えるイルミネーションはなんですか」
    「公園です。人っ子一人いません」
    「そ、そうですか」
    「埠頭を囲んで突然公園って呼び出しただけです。誰も使いません」
    「じゃあ明日どこかでご飯を食べようとすると・・・」
    「無理でしょう」
     まるで、田宮二郎版のドラマ『高原へいらっしゃい』の前田吟のような、決意と確信に満ちたきっぱりとした返答であった。どことなく声も似ている。しかし不思議と嫌な感じはしなかった。前田吟のおかげであろうか。この運転手さんと、半年もあれば口論しながら固い友情で結ばれることも可能であるような気がした。前田吟のせいであろうか。そんなことを考えながら、タクシーは闇へ闇へと吸い込まれていったのである。

    (「弾丸一人旅、年末年始編2 〜見知らぬ宿、見知らぬ人〜」に続く)

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